せつない夜はどうしよう

星屑ちりばめて飽きたら眠るんだ

平成の終わりに。

いやいやいやちょっと待って。しばらく放ったらかしていたら最後に書いた記事が去年の誕生日という。もう1年も経ってたなんてね。あっという間ですよ年月なんて。終わりますよ平成。終わってしまいますよ。


で、このブログを久しく開いた理由。ふと、平成の終わりになんとなく文字を書きながら感慨に耽りたいなと思っていて。

私はツイッターで刹那的な感情やらなんやらを発信することが多くて。今日もモモりん可愛い。ブルピン優勝。スタバのフラペチーノ飲んでるー…諸々、良くも悪くも「今なにしてる?」の「今」だけを忠実に切り取ってきたんで、こうやって長文書いてるのとはまた感覚が別物。


そんな中でふとブログを書きたくなる時もあったんだけど、なんとなくこの記事画面を開く気になれなかった。なんでだと思います?理由は…



タイトルのせつない夜縛りな自分で決めておいて正直毎回めんどくさいから。


…くだらなすぎる。

私はもうこの区切りでブログやめるべきかもしれない。引退宣言するやつよ。いやしないけど。嘘だけど。しないけど。エイプリルフールじゃないけど。milkはブログやめへんで。


なんというか、ほんとにふとした瞬間に書きたくなる。ただそれは日常というよりは頭の中に浮かんだ疑問とか、なんとなく覚えておきたいこと、掘り下げておきたいこと。

抽象的すぎてなんだかふんわりしてて。そんな思考をまとめて可視化したいっていう理由のが近い。

ツイッターじゃなくて、タイムラインの川に流すんじゃなくて。留めておきたいものがある。

ああわたしの中でこの感情は、この考えは、大切な一部であると。それをしっかりと自分中で確かめてゆける。


わたしにとってブログって、文章って、実はそんな存在。文字や言葉があることへの喜び。自分の感情や思考と繋ぎ合わせられることで満たされてゆくものだから。


誰かに伝えるには長すぎる言葉たちが愛おしいです。人に発信してるけど、ほんとは自分の空間。みんなにも少し見せたい。そんな場所。


平成の話しないで終わることに今気付いたわ。ちゃんちゃん。

気が向いたらまとめます。それではさよなら。

せつない夜に降り注ぐ幸福

2018年1月23日。今日またひとつ年をとりました。


今からXX年前の東京、雪の降る日にこの世に誕生しました。

その病院にいたどの赤ちゃんよりも、一番大きな声で元気に泣く女の子。


昨日から降る雪を眺めながら、そういえばと。自分が生まれたときのことを、ふとそれを思い出してなんとなくブログを書きたくなってしまった。


幼いときからこだわりが強く、欲しいと思ったものは絶対に手に入れようとする。

妥協は嫌いで、おもしろいくらいなんでも自分で選びたがる子だったみたいです。いまもそういうところありますね。


当時のわたし、なにを思ったかSHAZNAの「すみれSeptemberLove」で赤紫髪のツインテール姿で歌うイザムに本気で憧れてしまい

母に「わたしもイザムと一緒の髪にしたい」という無茶を申し出て非常に困惑させてしまったという逸話があります。

(結局ツインテールだけが実現した)

とても懐かしくなってしまいしました。

今も赤紫色が好きなのはイザムの影響かもしれない。


まだ僅かな時間ですが

遡りながら人生を振り返ったとき、けして順風満帆というわけではなくて。

まだ浅い経験のなかで、ゼロではなくマイナスからのスタートになる運命を辿ってきたと思います。


なにが甘えで、なにが弱さで、自分が一体なにを見て進めばいいのかわからなかったとき、


自分の信じる道をしっかり歩んでゆけるひと。


そして、自分や他人の弱さを受け止めながら

どんな状況でも前を見て進んでゆける方たちにいつも数え切れないほどの希望をもらってきました。


心から尊敬するひとに出会うことができたと思います。そこから学んだことがいまの財産です。


20歳を迎えてから、自分で選んで生きることの尊さと

今、家族や世の中から得ていることや学んでいることをとても大切にしています。


これまでの経験や、自分が見たことや感じたこと。

これから先まだまだ長い人生をたくさん豊かにして行こうと思っています。




これからわたしにありがとうと、これまでのわたしによろしくを。


この年齢がまたひとつの区切りとして、見えてくるものがまたたくさん増えてくる予感

とともに。


今の自分に寄り添いながら、深みの出る年の重ね方をしてゆこう。そのために必要なことをたくさんしよう。



たくさんの幸福を感じるために。



またね。

せつない夜はセクシーサンキュー

2017年もそろそろ終わるころですね。
やだ…わたしまだ離れたくない…2017年くんともっと一緒にいたい…

そんな寂しい想いがありながらも、2017年とこのまま心中するにはまだこの人生が惜しい。おれたちの冒険はこれからだ…ということで今年をゆっくりと振り返っていこうと思います。

今年は積み上げることへの充実感を感じられることのできる一年となりました。
例年よりもたくさんのことが学べたと思います。

日々を着実かつ丁寧に過ごすことで見えるもの、そしてそこから変化することの素晴らしさにわたしは気づくことができたと思います。

「小さなことを積み上げることが大切」である。
今までその言葉を頭でわかったふりをしていただけのわたしがいて、実際は心のどこかでなにかに生き急いでいた。

ウサギとカメならウサギになりたい。軽い身体でウサギたちのように器用かつ軽快に人生を渡り歩きたいと思っていた。
そんな自分がいましたが、わたしはウサギにはなれない。なぜならカメなのだから。どこまでも重い甲羅を背負ってゆっくりと歩を進めてゆく。そこに軽快さはないけれど、その一歩一歩の重みは自分の中に残り続ける。

一瞬一瞬を着実に生きること。日々小さなことを大切に自分自身に刻んでゆくということ。そしてそこから生み出してゆくこと。
それにどんな価値があるかという本当の意味を、経験を通して学んでいると感じています。

無駄なことなどなかった。無駄だと思っていたのは自分だけで。見ようとしなかっただけで。
昨日のことを今日に、今日のことを明日に。
積み上げ続け、そしてさらに発展させてゆくこと。
今学んでいることは、わたしを裏切らない。
そして誰かのためになる。

ネット、リアル共々関わってくれたすべての方々に感謝。シェイシェイです。
来年もさらにこの豊かさを現実へ反映できる1年にします。ほんとに最高の一年だったよ。

2017年、セクシーーーーーサンキューーーー!!イエーーーーー!!

せつない夜でも満たされる

少しずつ進んでいるなと感じる。知らないことが知れたり、できないことができるようになることって世界が少しずつ広がるみたいでほんとに気分がいい。

「幸せになりたい」とか「立派な大人になりたい」とか、呪文みたいに漠然と唱えていた頃よりずっとその輪郭がわかるようになってきたのは紛れもなく経験のお陰だと思う。

わるいことが起きる度に素直にそれを愛せなかった自分もいた。いいことばかりじゃなくて耐えられないなと思うこともたくさんあった。でも今思えばそれも自分の一部分で、ここにいてこんな風に思えるということはなにかに気付けてここまで繋げてこれたからだったなと。

ここまで昇華できるのはわたしがほんとにああキツいなもう無理だなって思ってた頃から静かに意志を秘めながら、少しずつ体制が整えられてきたるからだと思う。

気に入らないものにひたすら中指を立てて、思考の中で暴動を起こしながらただナイフみたいに尖っていた鋭さが少しずつ丸くなってゆく過程にいる。

相手の立場をなにも考えられずに「本当のこと」を突き付けてひとを黙らせながら、自分にすら反発していたわたしは本当に若さで突っ走ってきたんだなと思う。

大切なことを教えてもらえたのは人との関わりからだったし
心の奥底にある間違いに気付く機会も人と関わることで与えられた。

そう思うと本当に人に恵まれていたなと思うし、なにも知らずに年を取り続けるよりも時間をかけて発展できる方がいい。

わたしはこの先どんなことがあっても豊かな方を選ぼうと。そしてたくさんいいものを得ていこうと。そう思った今日この頃。



あ〜体幹鍛えたい。たるみすぎてもう内臓まとめて崩れ落ちてきそう。(こわい)
最近太ももと臀部鍛えようとしてスクワットしたんだけど、フォームが歪んでてヒザが痛いだけだからやめたマン。
これスクワット以前の問題じゃん…って
胃下垂で下腹飛び出てるから、下腹部鍛えないとインナーマッスル緩みっぱなしなんだよね。

てか健康でしなやかな身体をつくるために重要な筋肉ほど鍛えるのきつくないですか?
上腕二頭筋だけたくましくても意味ないんだよね。
うー、まず1日5回から頑張ろ…

せつない夜は明けてゆく

満たされたことはひとつひとつ噛み締める。

一瞬たりとも忘れたくないから。またつらいときに思い出したら次に進めるでしょ。



帰りの空があまりにも綺麗だったからi phone片手に思わず撮って、「2017年10月4日」を最高にしてみた。これを焼き付けてもう忘れずに自分のものにして。今日は忘れられない1日にしよう。だから今手にしたものをしっかり握りしめておく。

我ながら気に入った。



いい流れを作れてるなぁと思う。確実で、それでいて着実にいい方向に向かえてる。もちろんそれを実感できなくてわからなくなることもあるけどね。そういう自覚は自分の胸にひっそりと、こっそりと留めておくことにする。


これからも自然でありたい。あるがままに近付きたい。

せつない夜は明けてゆく